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1935年のある日、ドイツ帝国のヒトラーはかんかんになって怒っていた。ヒトラーの手には、発刊されたばかりの小さな本が握りしめられていた。この172ページばかりの本にはなんとドイツ軍の軍令系統、復活した参謀本部の構成員名、ごく最近編成されたばかりの機械化師団の特殊部隊の存在、さらには168名の陸軍司令官の氏名と経歴が詳細に暴露されていたからである。

 ヒトラーは情報担当のニコライ大佐を呼びつけてこう言った。

「どうすれば、こうも沢山のドイツ軍最高司令部の情報が、たった1人の人間にわかるのかね?」。

 この本の著者は、ベルトールド・ヤコブというジャーナリストでロンドンに住んでいた。ニコライ大佐は、漏れるはずのない最高軍事機密がなぜ外部に流出したかを調査するためにベーゼマンという秘密工作員にヤコブの捕縛を命じた。

 命令を受けたベーゼマンは、捕縛のために手の込んだ仕掛けを考えた。彼は亡命者になりすまして、ドイツ国境に近いスイス領バーゼルに本屋という触れ込みで店をはり、そこでナチス・ドイツから追放された連中と親交を結んで彼等に自分を信用させた。その上で、ロンドンにいるヤコブに連絡し、新しい本の著述の依頼をしたいとスイスに招待したのだ。

 ベーゼマンはバーゼルに着いたヤコブ夫妻を出迎えた。ヤコブ夫人をホテルに送りとどけてから、商談のためにヤコブ一人としゃれたレストランでランチをとった。ベーゼマンは、ヤコブの隙をみて、飲物に睡眠薬を入れてヤコブを眠らせ、酒に酔ったようにして、待機していた車に押し込みまんまと誘拐に成功したのだ。

 ベルリンに連行されたヤコブは,ゲシュタポ本部の2階の部屋につれていかれた。そこで待っていたのは、ニコライ大佐を長とする特別調査委員会であった。

 ニコライ大佐は質問した。

「ヤコブ君、白状したまえ。とてつもない君の本のネタはどこから出たのかね?」。

 ヤコブは、答えた。

「この私の本に出ているものはみな、ドイツの新聞に載った報道記事に基づくものです。ハーゼ少将が第17師団司令官でヌーレンベルグに駐在するというくだりは、ヌーレンベルグの新聞の死亡記事欄から得た情報です。この記事に、最近第17師団司令官として少将が当地に赴任し会葬に参列したと出ていたのです」

「次にウルムで発行されている新聞のおめでた欄にビーロウ大佐令嬢とシュテンメルマン少佐の結婚が報ぜられていました。この記事によれば、ビーロウは第25師団の第36連隊長で、シュテンメルマン少佐は師団の通信将校と出ています。さらにシャラー少将が結婚式に列席していますが、記事には、同少将は師団長で師団本部の所在地シュツットガルトからやってきたとあります。」

 ヒトラーに対して行ったニコライの調査報告によれば、

「閣下、ヤコブの共犯者としては、実はわが国の軍事出版物と日刊新聞以外にはありません。彼は新聞の死亡欄や結婚欄などから見つけた情報をスクラップして、立派な戦闘情報を作っていたのです。」

第24回:断片から全貌をつかむ:「知恵の戦い」ファラゴー

まさにtumblr

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まさにオープンソース・インテリジェンスってやつやね。

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